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「私鉄リレーウォーク」

b0089323_22283675.jpg 2006.10.28 「私鉄リレーウォーク」に参加。スタートが西武池袋線「練馬高野台駅」ゴールが小田急線「経堂駅」約12.5㎞。「井草公園そして《東京のへそ》大宮八幡宮を訪ねる」というのがテーマ。
 練馬高野台駅⇒井草森公園⇒妙正寺公園⇒妙正寺⇒善福寺川緑地(右)⇒和田掘公園⇒大宮八幡宮⇒経堂駅が設定されたコース。
 時折、環状8号線道路に出ることがあり、排気ガスに見舞われた。公園・緑地帯に入って息を吹き返す。大宮八幡宮境内に、石占いの一種で、かってはこれを担ぎ上げることでその年の豊凶を占ったといわれる「力石」(下)が整然と並べられていた。b0089323_2229938.jpg
 囲碁の研修会に参加するため、大宮八幡宮でウォーキングを止めた。 10㎞内外歩いたと思われる。
 同じベンチで昼食をとっていた84歳になる方から声を掛けられた。終戦のとき25歳だったが、内地勤務で助かったとか。志願して硫黄島派遣が決まっていたがなぜか急にストップになり、先陣の同僚は全滅となった。皆、天皇の命により国のために戦い、靖国神社で合おうと言って戦地に行った。天皇が靖国神社に参拝しないのはおかしいと熱く語られていた。終戦時小学校低学年であったが、何となく共感するところがある。戦後生まれの総理大臣が誕生し、時代は変わっているが、戦争をくぐり抜けてきた高齢者の心の中に、戦争の傷跡は今も残っている。
by god-door70 | 2006-10-28 22:16 | ウォーキング(walking) | Comments(2)

「神戸同姓会」

b0089323_15243233.jpg 2006.10.22 神戸同姓会の総会が私学会館で開かれたので出席。本会は16年前(平成2年)に設立された姓を同じくし、会員のれぞれが自家のルーツを研究し発表する会。創立者は、東京大学名誉教授神戸博太郎氏。現在会員数132名。機関紙「えに志」を毎年2回発行。
 総会後、会幹事神戸 裕氏による 《「神戸」全国の地名と姓》に関する研究発表があった。全国で神戸姓は電話帳でみる限り、北海道から沖縄までの合計数は4,600余り。現存する地名は、60~80と推定されている。学生時代、会社勤務中で同姓の人に出会ったことがないが、結構の数になることに驚いた。
 姓は、地名から付けられたケースが80%で、仕事・職名・役職などからは20%に過ぎないという研究があるという。多種多様で、全国で23万以上の姓があるらしい。
 同じ姓の集いだから、初対面でも名前で呼び合う何となく変な感じ。名前で呼ばれるのは、親兄弟、嫁さん、近しい親戚しかいないですからね。
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by god-door70 | 2006-10-22 14:14 | Comments(4)

囲碁(研修会)

b0089323_20233676.jpg 2006.10.21 ウォーキグの後、囲碁の会(碁楽会)に久し振りに参加。布石の基本に関する解説の後、およそ 100前という朝鮮置碁の実践棋譜を題材に、序盤戦の解説をうける。
 中国の碁は、あらかじめ黒白2個ずつの石を対角線の星に置きあってから打ち始め、一方朝鮮の碁は8個ずつ16個の石を置き合って打ち始めるとのこと。中国も朝鮮も、もともと置碁からスタートしていたので、序盤から喧嘩碁というか、戦いの碁になる傾向が強い。 その伝統・歴史から中国も韓国も戦いに強く、日本が両国に遅れをとっている一因かもしれない。
 写真は、韓国置碁プラス5目置碁の例示解説の場面。
 解説をうけた後、韓国置碁を皆で実践したが、確かに最初から戦いになりやすいこともあり、打ち込み場所には相当の工夫がいるような気がする。
by god-door70 | 2006-10-21 20:22 | 何でもみよう,やってみよう | Comments(0)

京王沿線ウォーキング

b0089323_21593261.jpgb0089323_2232429.jpg 2006.10.21 京王沿線ウォーキング第6回「八王子市随一の広さを誇る小宮公園から淺川べりの散策」に参加。
 京王線北野駅⇒小宮公園⇒中田遺跡公園⇒清水公園⇒淺川遊歩道⇒京王八王子駅、10㎞のコース。神社仏閣が点在していたが、都立小宮公園がメインのコースだった。園内には雑木林が広がり、木道をめぐらせた湧水池(弁天池)や花畑などが配置された公園。
 駅近くの北野天満宮の北野遺跡、船田遺跡や6、7世紀竪穴住居が発見された中田遺跡などもあった。淺川に合流する川口川の川原に黄色や紫の花々が群生していた。
 薄曇りで時折陽がさす、まだ紅葉には早い秋の半日ウォーキングを楽しんだ。
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by god-door70 | 2006-10-21 16:42 | ウォーキング(walking) | Comments(0)

文化財ボランティアグループ・フィールドワーク

b0089323_20434118.jpg 2006.10.18 文化財ボランティア活動グループによるフィールドワークに参加。杉並・梅里地区の寺町を1.5時間ほどで見学。
 西方寺(下中央)からスタート、清徳寺⇒智光寺⇒慶安寺⇒心月院⇒大法寺⇒円福寺墓地⇒華徳院まで。この寺町は、区画整理などで大正年代に移転してきたことによってできたとのこと。
 杉並区文化財として指定されている石造観音六面幢(西方寺)(下左)や、登録されている蘭学者・前野良澤の墓(慶安寺)(下右)、画家・椿 椿山の墓(円福寺別院)などもあり見応えがあった。上写真は椿山墓前で撮った参加者の皆さん。
 グループの方々から関連書籍の紹介やお話が聞けることが嬉しい。お陰で前野良澤の一生を主題とした吉村 昭著「冬の鷹」を読む機会を得た。
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by god-door70 | 2006-10-19 20:36 | 文化財・庭園(temple,park) | Comments(3)

「高市雅風リサイタルV祈り」

b0089323_10341735.jpg 2006.10.17 「高市雅風 箏リサイタルV祈り」なる箏演奏を聴く。
 雅風(十七弦、箏、三弦)、奥田雅楽之一(三弦、胡弓)、藤原道山(尺八)による各種組み合わせによる若手演奏家の共演。
 それぞれが持ち味を生かし、古曲と新作を取り混ぜての好演奏。曲目「雪人形」には、雅風、邦楽入門当時からの入れ込みがあるという。
 ニューミュージック、ポップスなどと競って、ファン層が少ない邦楽分野で演奏活動を続けることはなかなか厳しいことだろう。この種の活動には、文化事業としての後援や助成が充実することが望まれる。
by god-door70 | 2006-10-19 10:28 | 美術・音楽(entertainment) | Comments(0)

明治生命館、東京駅も

b0089323_18242262.jpg (続)2006.10.14 重要文化財に指定されている明治生命館が近いので寄った。昭和の建造物としては初めてという。見学コースが2階回廊からで、天井の漆喰と石膏彫刻や丸い花型飾りを近くから見ることができた。応接室、執務室、会議室(下右)などの各部屋は家具、絨毯など調度品がマッチして落ち着いた雰囲気空間となっている。
 当館も2004年寛政した高層ビル建設時にリニューアル工事され、歴史の香りを積極的に活用・保存する方式がとられている。
 《 昭和9年(1934)竣工、設計者は東京美術学校岡田信一郎教授ほか 》
 皇居見学の後、近辺をぶらついた一日。少々脚痛し。一日の最後に、再開発計画のあるという東京駅を撮る。
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by god-door70 | 2006-10-18 18:51 | 文化財・庭園(temple,park) | Comments(0)

「旧東京銀行集会所」と「日本工業倶楽部会館」に立ち寄る

b0089323_21372387.jpg (続)2006.10.14 皇居見学を終わって東京駅に向かって歩き交差点和田倉門に立つと左手にレンガ造りの建物が目に入っきたので立ち寄った。渋沢栄一(1840-1931)によって創設された東京銀行協会のための集会施設「旧東京銀行集会所」があったところである。1993年(平成5年)に外壁2面のみを残し、高層ビルに改築されてしまっている。改築前の建物は、松井貴太郎による設計で、 1916年(大正5年)に竣工した煉瓦造2階建てであった。
 昭和年代末に、時折この建物で開かれた会合に出向いたことがあるが、内部は天井が高い、重厚な趣のある建物であったことが想い出される。建物外壁だけ残されているのがせめてもだが、保存したい近代建物がどんどん消えてゆくのは残念だ。
b0089323_21381926.jpg 東京駅北口近くにある日本工業倶楽部会館建物も2003年に高層ビルとの一体化で建て替えられたが、保存・再生され国の登録有形文化財として登録されている。1920年に竣工した日本工業倶楽部会館は、「旧東京銀行集会所」と同じ松井貴太郎の設計による建物。保存が難しい状態だったため、西側3分の1のみが保存され、残りの3分の2は、元の設計デザインを再現して建替えられているとのこと。現在の姿はあまりにもきれいすぎる印象をもつ建物となっている。建替え前の会館もしばしば入館したが黒光りした柱、階段などが印象に残っている。
 「旧東京銀行集会所」のように近代建築の外壁だけを保存する方法と再現方式のどちらが良いのか正直分からない。赤レンガ造りの東京駅舎、東京中央郵便局の再開発計画があると聞く。いたるところで貴重な近代建築は風前の灯か。
by god-door70 | 2006-10-14 21:30 | 文化財・庭園(temple,park) | Comments(1)

皇居内を見学

b0089323_23235654.jpg 2006.10.14 晴天の一日、皇居内を特別に見学する機会を得た。桔梗門(左)から入り、国会議事堂のモデルとなった旧枢密院庁舎(大正11年)、皇宮警察本部庁舎前を通り、「済寧館」へと進む。当館は、木曾檜造り。天皇・皇后の玉座(正面中央)がある国内唯一の武道場だそうだ。正面左壁に有栖川熾仁筆「済寧館」額、右壁に、横山大観「富嶽」(82歳の作)画が掲げられていた。東西隅には、京都二条城にあった時を告げる大太鼓が置かれていた。b0089323_2314534.jpg 旧枢密院庁舎は、天皇の最高諮問機関として重要国事を審議した庁舎。今は、倉庫として使用され、当時を見る影もない姿。 太田道灌の家紋・桔梗から名づけられたという「桔梗門」付近に戻り、「富士見櫓」を右に見上げながら宮内庁庁舎前に出る。
 「富士見櫓」(右)は、万治2年(1659年)に再建された三重櫓。石垣は、「野づら積み」といわれ、自然石をそのまま積んでいるためすき間が多く崩れそうだが、積み方としては最も頑丈だそうだ。櫓の高さは、15.5mとか。
 宮内庁庁舎(下)は、以前宮殿として使用されていたこともあり、一般参賀の際には天皇がバルコニーに立たれたこともあるとのこと。
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 宮内庁庁舎からゆるい坂を上ると宮殿(昭和43年完成)東庭(下)の広場にでる。毎年新年・天皇誕生日に一般参賀が行われる会場になる。長い棟の長和殿は、どの位の長さか聞き漏らしたがデジカメには入りきらなかった。有田焼の灯篭が数基並び、「若松の塔」なるモニュメントがある。
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 宮殿広場から「二重橋」をわたり伏見櫓を眺める。三代将軍家光の時、寛永5年(1928年)に京都伏見城から移築したとの説明あり。江戸城には20基の櫓があったようだが、現存櫓は、桜田櫓、富士見櫓、伏見櫓の3基だけ。石垣とともに、江戸城の面影を残している。b0089323_234135.jpgb0089323_23501143.jpg
 「二重橋」(左)を折り返して、蓮池、「富士見多聞」(右)を右手に見ながら太田道灌が主導して掘ったという「道灌濠」を眺める。濠の水面は、緑色に染まって見えた。蓮池は、開花の時期には一面に花を咲かせ建物「富士見多聞」に調和して素晴らしい景観をもたらすのだろう。
 昨9月、天皇家に男子誕生の慶事があり、明るい雰囲気の中で見学できた。北朝鮮が核実験を断行し、世界を震撼させている。国連安保理が、北朝鮮に対する制裁を決定し、日本独自の制裁項目も閣議決定したと報道されている。そんな折の皇居見学であったが、何よりも日本国の安全を願い、戦争体験者のひとりとして、二度と戦争はごめんだ。
by god-door70 | 2006-10-14 19:00 | 文化財・庭園(temple,park) | Comments(0)

切手に見る紙のお話(16) 折り紙・希代の名作「折り鶴」 (4/終)

折り紙・希代の名作「折り鶴」 (4/終)
<大きな折り鶴と小さな折り鶴>
b0089323_1662342.jpg 1997.5.10 静岡県富士市の中央公園で、日本紙パルプ紙加工労働組合連合会が創立10周年を記念して催した「紙の街・富士フェスティバル」で50㍍四方の大きな紙を使って翼長49㍍14㌢、尻尾の長さ22㍍、全長20㍍の巨大な紙の鶴を折りあげた。市民ら300人が参加し約4時間を要した。お腹の部分に空気を吹き込み膨らませ、首と尻尾を補強して吊り上げた。使用された紙は、ポスターや選挙の投票用紙などにも使われる石油を原料とする合成紙。
 この巨大折り鶴に、イギリスのギネスパブリッシング社から1998.2.5付の「ギネス世界記録の認定証」が連合会に与えられた。(日本製紙連合会発行 「紙パルプ」 1998.11号参考)
 一方、小さい折り鶴では、日本折紙博物館で0.5㍉角のアルミ蒸着フィルムで作った世界最小の折り鶴が展示されているそうだ。ヘリコプター研究家の内藤晃さんが特殊な鍼(はり)を使って顕微鏡をのぞき込みながら折ったものという。現在0.2㍉角の折り鶴に挑戦しているとのこと。(日本経済新聞 2002.8.8 夕刊参考)
 日本折紙博物館は、2001年7月に石川県加賀市にオープン、世界最大の常設展示場には10万点の作品が展示されている。世界の共通語となっている「ORIGAMI」(下:左から図2,3,4)が日本の伝統的庶民文化の一つとして世界中で楽しまれていることは素晴らしい。
 その原点に「折り鶴」があり、今も平和の祈りや病気の全快を願って多くの人々が鶴を折り、そして、永遠に人々の心の中にその造形が刻まれ続けることだろう。
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 (図1) 慶事切手40円 (日本:1982年)
 (図2) 折り紙・エンジェル (ソロモン諸島:1974年)
 (図3) 折り紙・キリスト誕生 (ブラジル:1988年)
 (図4) 折り紙・荷物を運ぶ人 (ソロモン諸島:1974年)
by god-door70 | 2006-10-12 16:38 | 切手に見る紙のお話(paper) | Comments(0)