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「佐伯祐三アトリエ記念館」

b0089323_11471347.jpg 2012.3.30 「佐伯祐三アトリエ記念館」を見学した。画伯が大正年代から新宿・中落合のアトリエ付住宅で生活、創作活動をした建物が保存公開されている。アトリエ内の作品は全てコピーだった。パリ時代の作品が知られているが、近隣を描いた作品も多いようだ。
30歳の若さで世を去ったのは残念なことだ。
切手メモ:1982.2.25 近代美術シリーズ第12集「テラスの広告」
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by god-door70 | 2012-03-30 18:41 | 美術・音楽(entertainment) | Comments(0)

ミニウォーク(代官山)

 2012.3.29 以前に「ぶらり東京」で、JR恵比寿駅~代官山~京王井の頭線神泉駅まで歩いたことがある。その折に代官山を通ったが、「旧朝倉住宅」(国の重要文化財)を訪れなかったのでミニウォークを兼ねて見学した。朝倉虎次郎・東京府議会議長によって大正8年建られた近代和風住宅。立派な土蔵や南斜面を利用した庭が見事だ。先代創業者が精米業のためか庭石の所々に水車用の石臼が散見された。室内に沢山ある襖絵、板戸絵は多少痛んでいるが見応えある。見学後は西郷山公園に立ち寄ってJR渋谷駅までの歩いた。昔の資産家はスケールが違う。平等偏重・税制・妬み・やっかみの現代日本社会ではそんな資産家は生まれ難いだろう。
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by god-door70 | 2012-03-28 15:51 | ウォーキング(walking) | Comments(0)

フラワーアレンジメント#22

2012.3.25 フラワーアレンジメント#22 「フルーツバック」
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by god-door70 | 2012-03-25 18:34 | フラワーアレンジメント/ 家内 | Comments(2)

墓参

 2012.3.22 川崎市生田・春秋苑にある墓地に春彼岸の墓参。先祖伝来の信州高遠にある墓地は、昨年永代供養の法要を済ませた。縁戚が全て東京などに移り住んでしまったこともあり、将来の墓地管理が難しいことが予想されるための苦渋の選択であった。聞くところによると同じ悩みを持っている方が都会には多いようだ。
 映像は、春秋苑内にある「尾崎士郎と武者小路実篤の文学碑」。春秋苑は公園墓地で、著名人の墓も多い。広い墓苑を見晴らす場所に尾崎士郎の大きな文学碑がある。碑の左には「去る日は楽しく 来たる日もまた楽し よしや哀憐の夢は儚なくとも……尾崎士郎」、右には「多くの人を愛し 多くの人に愛され ずばり 真情を吐露する それが尾崎士郎君……武者小路実篤」と、いずれも自筆らしい文字で刻まれている。(実篤の墓:八王子・中央霊園)
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by god-door70 | 2012-03-22 18:39 | Comments(0)

フラワーアレンジメント#21

2012-3-18 フラワーアレンジメント#21 「コサージュ」
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by god-door70 | 2012-03-18 18:29 | フラワーアレンジメント/ 家内 | Comments(0)

ミニウォーク(荻窪近郊)

 2012.3.15 JR荻窪駅を降りてぶらりのミニウォーク。
 徒歩15分ほどに、角川庭園(幻戯山房・すぎなみ詩歌館)がある。角川書店の創業者である角川源義氏の旧邸宅で、遺族から寄贈を受けた杉並区が、平成21年(2009年)5月、庭園並びに詩歌館としてオープンした。建物は、木造2階建てで、近代数奇屋造りの建物(加倉井昭夫設計)。【2009/11国の有形文化財指定】
  源義氏の書斎だった部屋が展示室となっており、ゆかりの品や俳句などを展示してあった。その奥に詩歌室があり、さらに一番奥に茶室がある。邸宅の前庭園は丁度梅が咲き誇っていた。
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by god-door70 | 2012-03-15 11:24 | ウォーキング(walking) | Comments(0)

向山僚一油絵展

 2011.3.14 「向山僚一油絵展」(新宿伊勢丹3/14~3/20)を見学。
 画伯は、小生の郷里である高遠藤沢の生まれで、82歳。高遠をはじめ信州の各地を旅し、風景画を描き続けている。「自然風景が描いてくれ、描いてくれと声を掛けてくる。西東京住まいだが東高遠を拠点に、懐かしき故郷・信州を描き続けていきたい。」と、抱負を語ってくれた。「画家の皆さんは長寿の方が多いので、益々ご活躍下さい」と家内が語りかけると、「嬉しいことを言ってくれる」と、ニコッと笑うお顔が印象的であった。同郷の大先輩のご活躍を願っている。
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by god-door70 | 2012-03-14 18:35 | 美術・音楽(entertainment) | Comments(0)

フラワーアレンジメント#20

 2012-3-10 フラワーアレンジメント#20 「ローズクォーズ」
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by god-door70 | 2012-03-10 18:13 | フラワーアレンジメント/ 家内 | Comments(0)

切手に見る紙のお話(31) 年賀切手に描かれた郷土玩具と和紙Ⅱ (五箇山和紙)

b0089323_14453854.jpgb0089323_14444933.jpgb0089323_14483714.jpg年賀切手に描かれた郷土玩具と和紙Ⅱ
(五箇山和紙)

五箇山和紙は、富山県の五箇山で生産される楮を原料とした和紙(五箇紙ともいう)。五箇山は、世界遺産に指定された合掌づくりの集落で有名な富山県南砺市にある平家落人の里である。古くから都の文化が伝えられていた村落でもある。五箇山の手漉和紙は、かつては この地域で煙硝とならび極めて重要な産業として位置られていた。その起源については定かではないが、天正年間に加賀藩の初代藩主前田利家に五箇山和紙十束を献上したという記録が残っており、この和紙産業が古くからの伝統産業であったことがうかがわれる。江戸時代には、加賀藩の手厚い保護を受けて発展した。
 明治三年の廃藩置県までは加賀藩の指定産物として百数十戸の家が、きわめて良質の和紙を作っていたのであるが、以後、藩の保護政策を絶たれた五箇山製紙業は衰退の道を辿ることなった。しかし、明治後半に大判製紙法を採り入れて生産向上をはかるとともに、製法、用具等の技術的改善に努め、五箇山和紙に対する評価が高まった時期もあった。
 戦後は、激変した生活様式の変化と洋紙の大量生産・生産技術の進歩におされ、和紙の需要は激減してしまった。昨今は芸術、工芸、建築などの素材として和紙の特徴を生かした需要も増加し、和紙に対する認識の高まり、認識にも変化がみられる。そうした事態にのぞみながらも、五箇山の村里では長い伝統の技が保ち続けられ五箇山和紙は、八尾和紙、蛭谷和紙とともに「越中和紙」の名で国の伝統的工芸品に指定されている。
 五箇山和紙の特徴は、原料の楮にある。楮は、繊維が長く強いのが特徴。他の代表的な和紙の原料、ミツマタ、ガンピと比べても倍近くの長さがある。特に五箇山の和紙は楮の量が多いため、紙の強さでは折り紙つき。また、繊維が柔らかいので紙もしなやかで、温かみがある。その伝統と素材の強みを更に生かすため、20数年前に開発されたのが年賀切手デザインとなった「紙塑(しそ)人形」である。和紙を粘土状にしてオリジナルデザインに成形、乾燥後に和紙を貼り着色を施す。貼り子と異なり、中まで和紙が詰まっている。
b0089323_15204737.jpg 世界遺産で一躍有名になった合掌造りの民家の窓は紙の障子戸だけで、昔は雨戸などが無かった。五箇和紙の強さを利用して人々は風雪に耐え、ガラス戸や照明器具がない時代「障子ごし」に大切な照明をとっていた。
 近年でも、五箇山和紙は、桂璃宮の障子紙をはじめ、宮内庁や上野国立博物館などに保管される国の重要文化財の補修用に、なくてはならない存在になっている。
 (参照資料)WEB富山県の和紙、五箇山の里、越中和紙など


*切手メモ:1992.11.16 平成5年用年賀切手「干支のにわとり2種(41円、41+3円)」
   「太鼓乗りにわとり2種(62円)、62+3円」1993.1.18 お年玉小型シート(41円、62円)
     1999.2.16 「日本の民家シリーズ」第5集:「富山県五箇山・岩瀬家80円」
by god-door70 | 2012-03-10 16:00 | 切手に見る紙のお話(paper) | Comments(0)

東京都庁展望室見学

 2012.3.8 自動車免許更新手続きのために、東京都庁舎に出向いた。序でに第一本庁舎45階にある高さ202mの展望室を見学した。曇天のため富士山は見えなかったが、新宿高層ビル街を眼下に出来た。二つ展望室があるが、ほぼ360度見渡せる南展望室の方が眺めが良かった。天気の良い時に、また来てみようと思う。
 中国からの観光客が大勢見学に訪れていた。見学の後、買い物ツアーにいくとのこと。景気浮揚のため日本製品沢山買ってて!
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by god-door70 | 2012-03-08 22:12 | Comments(0)