<   2013年 02月 ( 10 )   > この月の画像一覧

切手に見る紙のお話(37)「紙の歳時記(新年【2】) 宝船」

紙の歳時記(新年【2】) 宝船
b0089323_1032772.jpg 正月2日に枕の下に宝船を描いた紙絵を敷いて寝ると吉夢と共に幸運がやってくる、という正月の縁起物の一つ。新年をあらわす季語である。
 この風習は節分に上流階級で愛用され、描かれる絵にも紙にも格式があった。庶民に紙が普及してくると紙の殆どは半紙が用いられるようになった。
 帆掛け船には米俵や宝物を乗せ七福神が乗り込み、「なかきよのとをのねふりのみなめさめなみのりふねのをとのよきかな」(永き世の 遠の眠りの みな目ざめ 波乗り船の 音のよきかな)という回文(かいぶん)歌が書かれる。その帆には、人の悪夢を食うという「獏」の字が書かれることもある。b0089323_1041413.jpg
 悪い夢を見た時は、翌朝、宝船の絵を川に流して縁起直しをする 
 幼少の頃大晦日だか元旦だか忘れたが、願い事を書いて枕の下に敷いて寝た記憶がある。小学校低学年の頃であろうか。吉夢どころか次第に本土空爆が始まり、毎晩のように防空濠に逃げ込むという国家焦土の悲惨な現実に直面することとなってしまった。

参考資料:平凡社大百科事典、山本和著「紙の歳時記」、wikipedia
切手data::昭和47(1972)年用年賀切手「宝船」2種(7円・1971.12.10発行、10円・1972.1.11発行)。お年玉小型シート(10円3枚、1972.1.20発行)
by god-door70 | 2013-02-25 09:55 | 切手に見る紙のお話(paper) | Comments(0)

向山僚一油絵展

2013.2.17 「向山僚一油絵展」を観賞。小生郷里である高遠ご出身で、85歳になられてもなお矍鑠として自然美を求めて創作を続けている洋画家。昨年に続き会場に出向き半時ほど画業などお話を聞かせ頂いた。無類の酒好きのご様子。これからも旅を続けて傑作を制作されることを願っている。
b0089323_15104843.jpg

by god-door70 | 2013-02-17 20:19 | 美術・音楽(entertainment) | Comments(0)

大阪・彦根旅行(2)

2013.2.15 大阪からの帰途、彦根に寄った目的は、彦根藩元下屋敷「玄宮園庭園」と近江の古刹庭園「湖東三山の庭園」の見学である。2月という桜でもないし、紅葉でもない時季なので庭園は色添えがなく寂しい。代わりにツアーバス観光客、花見客もなく、喧騒から逃れられるメリットがある。
 「玄宮園庭園」の特色は大池泉と風雅な建物そして後方に彦根城が眺められることだろう。中島を結ぶ沢山の橋は木製で趣がある。湖東三山と称される「西明寺」「金剛輪寺」「百済寺」へ向かううちに雪に見舞われてしまった。西明寺庭園は国指定文化財の名勝「蓬莱園」、前庭に不断桜が白い小さなを咲かせていた。小さな池泉に鶴島、亀島というよくある庭園。特徴は白壁と石燈籠くらいだった。金剛輪寺の庭園も国指定文化財の名勝「本坊庭園」。老松を背景にしてはいるが小規模で、印象が薄い。百済寺は近江最古の古刹。庭園は別称「天下遠望の名園」のごとく、山上展望できる高台から湖東平野が一望できると案内パンフレットにあったが、雪で足元滑るので残念ながら書院前庭を回遊した。飛び石の配置が面白く長い切り石を八橋風にジグザグに配したり、大きな天然石を配したりて面白い作庭。渡るのには少々怖かった。3庭園では見せる庭という感じであった。名庭三昧の一日を過ごして、一路東京へ。満足、満足。しばらく近郊の庭園巡りでも計画してみようかと思ったりしている。
b0089323_19222534.jpg
b0089323_19225880.jpg
b0089323_1923294.jpg
b0089323_19235458.jpg

by god-door70 | 2013-02-15 20:23 | 文化財・庭園(temple,park) | Comments(0)

大阪・彦根旅行(1)

2013.2.14「久保修切り絵の世界展」を観賞目的で大阪に出向いたついでに、大阪市中央公会堂、日本銀行大阪支店建物、慶沢園庭園、四天王寺の本坊庭園を見学することにした。まずは地下鉄御堂筋線淀屋橋駅で降り大阪市役所を通り過ぎて「大阪市中央公会堂」へ向かった。中央公会堂は、株式仲買人「北浜の風雲児」と称えられた岩本栄之助が、大阪市に100万円(現在の貨幣価値でいえば数十億円という巨額)を寄付したその資金で1918(大正7)年11月に完成した。現在、国の重要文化財に指定(2002年12月)されている。大阪市役所の前にある日本銀行大阪支店は、1882(明治15)年12月18日設立、2回の移転を経て中之島の地に建設された。東京駅設計者でもある辰野金吾による建造物。本店は国の重要文化財に指定されている。
 再び地下鉄で天王寺駅まで行き天王寺公園内にある元住友財閥家の庭園「慶沢園庭園」を見学。当庭園は1908(明治41)年に小川冶兵衛が作庭した。明治期の富豪は、同庭師作の庭園を持つことがその証とされていたようだ。大きい池の回遊路を歩きながら住友家の当主は経営戦略を練ったのでは、と想像した。住友家の本邸は現在大阪市美術館となっていて、豪奢な洋館造りであった。池周りに兼六園と同型で小振りの石燈籠や船を連想させる舟石が景観を増している感じだ。
 四天王寺の本坊庭園は「極楽浄土の庭」と称され、解説によると「極楽浄土は、花・音楽で満たされている楽園で、一切の苦しみがなく楽しみのみある世界。阿弥陀如来のおられる荘厳な美と歓喜の世界で、極楽浄土を想定するのに最もふさわしい庭園」という。桜の季節、紅葉の季節に訪れ、その雰囲気に浸りたいものである。大阪市内見物を終え彦根に向かった。
b0089323_2312829.jpg
b0089323_23125527.jpg
b0089323_23151519.jpg
b0089323_2316442.jpg

by god-door70 | 2013-02-14 17:53 | 文化財・庭園(temple,park) | Comments(1)

「久保修切り絵の世界展」を観賞

 2013.2.13 新装なった阪急百貨店うめだ本店内にある「阪急うめだギャラリー」で開催している「久保修切り絵の世界展」を観賞すべく大阪に出向いた。先生には初歩から2年程手ほどきを受けたことがある。今回展覧会は大阪の風物を題材にした作品が多かったが、「紙のジャポニスム」と銘うって世界に向けて切り絵の普及に尽力されている先生故に訪れた国々の風物をテーマにされた作品も多く見受けられ、楽しむことが出来た。構図にしろ色にしろ自分のもの、自分らしさを作り出すまでの苦労をしみじみと語っていたのが印象に残った。まさますのご活躍を祈っている。
b0089323_12585683.jpg

by god-door70 | 2013-02-13 20:45 | 切り絵(作品展、教室関連) | Comments(0)

散歩(新宿公園)

 2013.2.12 新宿駅付近で用向きを終えた後、思いたって駅西口から、京王プラザホテル、東京都庁舎をやり過ごして新宿公園まで歩いてみた。都庁舎を過ぎると人も少なくなり、寒い日だったし、日差しもさほどなく公園は閑散としていた。公園側から高層ビルをデジカメで撮った一枚。デザイン学校ビルはユニークな姿だ。
b0089323_17265617.jpg

by god-door70 | 2013-02-12 17:15 | ウォーキング(walking) | Comments(0)

切手に見る紙のお話(36)「紙アラカルト(2) サンフランシスコ平和条約調印と和紙」

紙アラカルト(2) サンフランシスコ平和条約調印と和紙
b0089323_1050897.jpg 昭和26(1951)年9月8日、アメリカのサンフランシスコ市にあるオペラハウスにおいて日本と48か国の間でサンフランシスコ平和条約が署名された。これにより日本は主権を回復し、国際社会へ復帰することなった。

b0089323_1227345.jpg 久米安康生著「和紙の分分化史」に紙の強い生命力に纏わる面白いエピソードが紹介されている。『1919年のヴェルサイユ条約正文用紙は日本の局紙(*)が用いられている。ロンドンタイムスの日本支局長だったフランクホーレーは、和紙の研究家として知られているが、サンフランシスコ講和条約文書の用紙として和紙を使いたいと相談され、「講b0089323_12261848.jpg
和条約の寿命は和紙の寿命よりも短い。そのような立派な紙は使う必要はないでしょう」と答えたという。結局は和紙は使われたが、ホーレーはさすがに、条約の生命よりもはるかに長い和紙の生命力の強さを理解していたといえる』そして『人間国宝の安部栄四郎氏(重要無形文化財雁皮紙の技術保持者)は、正倉院の紙を調べて「絹や麻はなかば風化している。だが、古文書に用いられて和紙だけは、天平時代そのままの光沢を放っていた」と和紙のつよい生命力を感嘆している。布切れb0089323_21203068.jpgのあわれな姿にくらべてあわれな姿にくらべ、紙は強い耐久性をもっていることがわかる』と。
 アトランタに出張で出向いた帰途サンフランシスコに立ち寄ったことがある。その折に、宿泊ホテルで同市交響楽団の演奏会(ドボルザーク・チェロ協奏曲/ロストコヴィッチ演奏)のポスターを見て急遽出掛けた。図らずも会場が平和条約が調印されたオペラハウスであった。ここか、と感動した記憶がある。
 平和条約調印記念にあたって調印日の翌日1951年9月9日に3種の切手が、50周年にあたる2001年9月7日にはオペラハウスがデザインされた「サンフランシスコ平和条約50周年記念切手」1種が発行された。

b0089323_2347567.jpg ちなみに大正8(1919)年6月28日に調印されたヴェルサイユ条約を記念して、日本では7月1日に「世界大戦平和記念」が発行されている。発行日が3日遅れたエピソードとして、郵便学者内藤陽介は『当時、連合諸国では“世紀のイベント”としてのベルサイユ条約調印に合わせて記念切手の発行を計画していましたが、報道されている会議の進行状況から、条約の調印は8月以降になりそうだというのが大方の予想でした。ところが、急遽、6月28日の条約調印となったため、各国ともに対応に追われ、7月以降、バタバタと記念切手が発行されることになりました。』とブログに記している。

 *局紙:『1875年(明治8)に大蔵省に設けられた印刷局抄紙部で、特別に紙幣や証券用に抄造された上質紙。古来の和紙のなかから、ガンピ(雁皮)を主原料とする鳥の子紙に着目し、越前(えちぜん)(福井県)から専門家を招いて、ミツマタ(三椏)を代用し同様の上質紙の製造に成功した。これを一般に局紙とよぶ。77年に海外へ初輸出され、日本羊皮紙あるいは植物性羊皮紙とよばれて世界的に有名になった。』(日本大百科全書小学館)

 出典資料:久米安康生著「和紙の文化史」(木耳社)、郵便学者内藤陽介のブログ
 切手data(上から)
1951.9.9 「平和条約調印記念」3種(国旗、キク2種)
2001.9.7 「サンフランシスコ平和条約50周年記念」1種(オペラハウスと秋草)
1919.7.1 「世界大戦平和記念」4種(ハト2種、ハトとオリーブの枝2種)
by god-door70 | 2013-02-10 21:39 | 切手に見る紙のお話(paper) | Comments(0)

切手に見る紙のお話(35)「紙アラカルト(1)  「正岡子規」の白紙の句」

b0089323_18362977.jpg紙アラカルト(1)  「正岡子規」の白紙の句
 明治33年の正岡子規の句に《新年の 白紙綴じたる 句帖かな》がある。芭蕉が障子の白さを歌った句(*)といい、紙の白さは爽やかさをよびます。白さに不快感をおぼえる人は少ないでしょう。だからこそ、紙の白さは常に生産サイドでは技術的に競われます。とりわけ、印刷用紙ではこの傾向が強く、白さはセールスポイントの一つでもあります。
 紙の物性で白さを白色度といいます。紙が光学的に測定されて硫酸バリウムの白さ
(100)と比較されます。上質紙の白色度は80くらい、新聞紙が55ほど、と言われています。
 (*)《水仙や 白き障子の とも移り》 元禄4年10月20日頃。江戸への帰路、熱田の門人梅人亭での歌仙の一句。「真っ白な障子の立てかけて座敷に通されるとそこには水仙の花が活けてあった。その花には障子を通した白い光が移って、浮き立つようなすがすがしさである。主人梅人への挨拶吟。」
 出展・参考資料:「紙の手帖」(山本和著、木耳社昭和56年)、インターネット「芭蕉俳句全集」
 切手data:文化人切手「正岡子規」(1951.9.19発行)
by god-door70 | 2013-02-02 23:04 | 切手に見る紙のお話(paper) | Comments(0)

フラワーアレンジメント#32

2013.2.1 フラワーアレンジメント#32「カレンダーボード」
b0089323_929154.jpg

by god-door70 | 2013-02-01 09:26 | フラワーアレンジメント/ 家内 | Comments(0)

切り絵カレンダー2月

2013.2.1 切り絵カレンダー2月(作品#147②卓上ミニカレンダー)。1月は雪が舞い7-8センチも積もった。集めた雪が解けないうちに2度目の雪に見舞われた。「ネコはコタツでまるくなる」という心境であった。花の季節が待ち遠しい。
b0089323_22225050.jpg

by god-door70 | 2013-02-01 08:00 | 切り絵(kirie-papercut) | Comments(0)