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散歩(国立自然教育園)

2013.3.29 目黒の松岡美術館で開催している「花鳥画ーしあわせの予感ー」展を鑑賞した後、国立自然教育園に立ち寄りようやく咲き始めた小さな野花などを探索しながら散歩した。大木がうっそうと茂り、樹齢400年を超えるものもあるようだ。森林浴そのものだ。
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by god-door70 | 2013-03-29 18:45 | ウォーキング(walking) | Comments(0)

散歩(井の頭公園)

2013.3.28 七人の会に出席。このところ年ほぼ二回集まる七人の会は、お互いの健康を確認する会とも言えそうだ。次回10月の再会を約し解散した後、井の頭公園を一回りして満開の桜を見物、京王線「井の頭公園前駅」まで歩いた。ウィークデイでも沢山の人出。池にはボートが浮かび、池の周りにはビニールシート敷きで宴会風で昼食をとる老若男女。花より団子の連中も。暖かい日に恵まれた。
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by god-door70 | 2013-03-28 18:31 | ウォーキング(walking) | Comments(0)

散歩(神田川さくら見物)

2013.3.22 今年の桜開花は例年より1週間早い。開花から満開までの期間が短く感じる。神田川付近でも週末には散り始めるかも。高井戸駅のさくらを見物して折り返しての散歩。
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by god-door70 | 2013-03-23 10:36 | ウォーキング(walking) | Comments(0)

フラワーアレンジメント#34

2013.3.21 フラワーアレンジメント#34「イースターアップル」
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by god-door70 | 2013-03-21 10:30 | フラワーアレンジメント/ 家内 | Comments(0)

加来浩二展

2013.3.19 紙パルプ倶楽部絵画同好会会員である加来浩二さんが米寿を迎えて個展を開催された。祖父の墨絵、プロの画家である母上のDNAを受け継いで、幼少の頃から絵を描くことが大好きだったとのこと。約20年描き溜めた作品から選別しての心温まる米寿記念個展であった。画家加来絢子さんの遺作も展示されていた。
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by god-door70 | 2013-03-19 16:17 | 美術・音楽(entertainment) | Comments(0)

二川幸夫「日本の民家1955年」展

b0089323_17231089.jpg2013.3.10 二川幸夫「日本の民家1955年」展「を見学。日本各地の自然風景のなかに美しく溶け込んだ民家や国・県文化財指定を受けた数々の民家の姿も。人づてに情報を得ながら見ず知らずの美しい民家を求めてひたすら歩き撮影した作品群。1955(昭和30)年頃は、民家がまだ美しかった国土で自然と人々の生活とともに生きていた時代との認識での展名という。
 母親の郷里である信州塩尻の民家、東北旅行後綺麗作品にして遠野の曲家、木曽路の民家など懐かしさと自然美を写真を通じて満喫できた。機会があれば訪れたい民家が散見された。
by god-door70 | 2013-03-11 20:37 | 美術・音楽(entertainment) | Comments(0)

東日本大震災から2年、喜寿の誕生日

b0089323_1038595.jpg2013.3.11 東日本大震災から2年がたった。復興事業はなかなか進まないようだ。諸事情があるにせよ被災地の皆さんのために何とか国、地方協力して少しでも前進してもらいたいものだ。個人的には何も出来ない歯がゆさと申し訳なさが残る。
 本日3月11日は小生の誕生日。一生涯、誕生日には東日本大震災そして原発事故を想い出すことだろう。喜寿(77歳)を迎え、ブログ卒業も視野にいれなければと思ったりしている。このブログ「古稀からの日々」は古稀の年(70歳)からスタートし7年間続けたことになる。年相応での病院通いがいささか増えているが、健康を維持できたお陰だ。感謝の日々を続けていきたい。
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by god-door70 | 2013-03-11 16:52 | 美術・音楽(entertainment) | Comments(0)

切手に見る紙のお話(39)「紙の歳時記(新年【4】年賀状」

紙の歳時記(新年【4】)年賀状 
b0089323_11214443.jpg年賀状は、新年に送られる郵便葉書やカードを用いたあいさつ状のこと。明治維新後の1871年、郵便制度が確立したが年賀状は書状で送るところがほとんどであった。1873年に郵便はがきを発行するようになると、年始のあいさつを簡潔に安価で書き送れるということで葉書で年賀状を送る習慣が急速に広まった。日本で年賀状を元旦に配達する年賀郵便特別取扱が始まったのは1899年(明治32年)からで、普通官製はがきや私製はがきが使われていた。
 この風習は韓国、中国、台湾にもある。欧米などではクリスマス・カードで新年のあいさつも済ませてしまうので年賀状の文化はないが、アメリカ合衆国においては中国系市民向けに発行されることもある。アメリカの知人から頂いた年賀切手シートには十二支が描かれていた。
b0089323_1126046.jpg 最初の年賀切手は「昭和11年用年賀用切手」で、1935年12月1日に発行された。この年賀切手は額面1銭5厘、渡辺崋山の「富嶽図」に松竹梅の囲み枠を配したデザインであった。発行枚数は3億3,163万枚。年賀切手は翌1936年も発行されたが、1937年に日中戦争が勃発し、国内で虚礼廃止運動が起り年賀状の差出を控える傾向が顕著になり、年賀切手はこの年限りで発行中止となった。年賀切手が再度発行されるようになったのは戦後数年たった「昭和24年用年賀切手」(1948.12.13発行)である。
 お年玉付き年賀葉書は、昭和24(1949)年12月1日から昭和25年用の発売が開始され、これが「くじ付年賀葉書」の誕生となった。2円(青)のお年玉付年賀葉書3,000万枚と1円の寄附金をつけた3円(紅)のもの1億5,000万枚が発行された。因みに、平成25(2013)年用年賀はがきの発行枚数は、35億8,730万枚強である。パソコン・プリンターで印刷する人が増えたため官製のお年玉つきの年賀状に、平成14(2002)年用からインクジェット紙が登場している。25年用年賀はがきの全発行枚数に占めるその割合は約65%となっている。
 一方、平成25年用年賀切手4種の各発行枚数は、50円(2,300万枚)、80円(330万枚)、50円+3円(1,500万枚)、80円+3円(185万枚)、総計4,315万枚となっている。
 山本和氏は、「紙の歳時記」のなかで『年賀状の往来が盛んになったのは官製葉書が出来た明治からである。だが、はじめは葉書も貴重品、往復葉書をだして、一枚が年賀状、一枚を年玉にした人もいたのが明治の中頃であった』と書いている。紙の貴重さ、葉書の貴重さは時代の進展・発展で変わるが同位地にある気がする。

参考資料:web「逓信総合博物館」、web「日本郵政公社」、wikipedia「年賀状」「年賀はがき」、山本和著「紙の歳時記」
切手data:年賀切手「富士山」(渡辺崋山画・富嶽の図)1935.12.1発行、年賀はがき1950年用「松食いづる」青、赤の2種、1949.12.1発行
by god-door70 | 2013-03-09 16:52 | 切手に見る紙のお話(paper) | Comments(0)

切手に見る紙のお話(38)「紙の歳時記(新年【3】) かるた」

紙の歳時記(新年【3】) かるたb0089323_10335552.jpg
b0089323_1028467.jpg かるた(歌留多)は、カードを使った主に正月に遊ぶ室内遊具のひとつである。語源はポルトガル語の カルタ(carta)である。カルタという言葉はラテン語、のパピルス・リーフ、紙である。ポルトガル語及びスペイン語で手紙(封書)や紙製の板のこと。歌留多は裏打ちの紙を表えかえして縁どりして作られる。中の台紙には板紙が使われる。
 デジタルゲーム時代となり「かるた」は、読み札にあわせた絵札をとってその枚数を競う競技を意味するようになっている。小倉百人一首の場合は読み札には短歌が書かれ、取り札には下の句が書かれている。
 平安時代の二枚貝の貝殻をあわせる遊び「貝覆い(貝合せ)」がある。これとヨーロッパ由来のカードゲームが融合し、b0089323_10303120.jpg元禄時代頃に今日の遊び方となった。日本のかるたは、16世紀末頃、筑後国三池(現在の福岡県大牟田市)で作り始められたと言われていて、大牟田市に「三池カルタ歴史資料館」がある。

資料: 山本和著「紙の歳時記」、wikipedia「かるた」、平凡社大百科事典
切手data:年賀はがき「歌かるた」1978(昭和52)年用(1977.11.7発行)、「かるた」および「貝合わせ」国際文通週間(1995.10.6発行)
by god-door70 | 2013-03-08 10:20 | 切手に見る紙のお話(paper) | Comments(0)

先輩から頂戴した「自分史」

b0089323_17332057.jpg 2013.3.2 手作りの本を、会社先輩Tさんから頂いた。題して「音楽部自分史」『遙かなりグレン・ミラー』、ページ数112、立派な自作装丁本。
400字原稿用紙換算、約150枚の相当するとのこと。計画から完成まで5年かかった苦心の作とお見受けした。
 先輩は、ご自身のブログで【 59歳の若さで急逝した音楽仲間が中断してしまった音楽への思いを文章にしようと構想を練った。彼に語りかける形の文章で、ジャズ・ビッグバンドを目指した我が音楽部の目標であるグレン・ミラーの音楽に到達するまでの努力を本にしたかった。】そして【 原稿執筆、文章入力、写真入力、校正、印刷、製本と少しずつ本の形が出来てくると、何故か凄いことをやっていると言う充実感を憶える。何でも良い、何かに夢中になることが、老いた頭のボケ防止になれば良い。全て自己満足の愚行ではあるが、何もしないでボロボロの老人にはなりたくない。若くして逝った親友のためにも、我々が創った音楽を文章にしたかった。世界に5冊しかない本を作った。】と制作意図に加えて、その過程での心境を吐露している。
 その貴重な1冊を頂戴したことを有難く感謝している。勤務していた会社は今年で創業
93年になる。その間数十年の会社音楽部の歴史であると同時に、会社100年史を構成するに値する貴重な自作本であると思う。小生も残る人生を先輩に見習って、有意義に過ごしたい気持ちが深まってきた。
by god-door70 | 2013-03-02 16:59 | Comments(0)