タグ:紙 ( 35 ) タグの人気記事

紙あれこれ「岐阜大仏」

b0089323_19183579.jpg岐阜大仏は、岐阜県岐阜市の黄檗宗金鳳山正法寺にある仏像(釈迦如来像)で岐阜県指定文化財。
「紙で出来た仏像」と称されている。釈迦如来の坐像で、日本三大大仏の一つ(他の2仏像は《奈良大仏、鎌倉大仏》)とは自称のようだ。像高13.63m。骨格は木材を組み、竹材を編んで仏像の形を形成し、この竹材の上に粘土をぬり、20万巻に及ぶ一切経、阿弥陀経、法華経、観音経等の経典が書かれた「美濃和紙」を張り付けて漆を塗り、金箔を張っている。経典は当時の住職が読み一枚一枚貼られた。2代38年の歳月を費やして、大釈迦如来像を完成させた。因みに、奈良大仏14.98m、鎌倉大仏11.39m。

参考資料:[wikipedia] [正法寺web]
by god-door70 | 2015-08-12 19:13 | Comments(0)

切手に見る紙のお話(31) 年賀切手に描かれた郷土玩具と和紙Ⅱ (五箇山和紙)

b0089323_14453854.jpgb0089323_14444933.jpgb0089323_14483714.jpg年賀切手に描かれた郷土玩具と和紙Ⅱ
(五箇山和紙)

五箇山和紙は、富山県の五箇山で生産される楮を原料とした和紙(五箇紙ともいう)。五箇山は、世界遺産に指定された合掌づくりの集落で有名な富山県南砺市にある平家落人の里である。古くから都の文化が伝えられていた村落でもある。五箇山の手漉和紙は、かつては この地域で煙硝とならび極めて重要な産業として位置られていた。その起源については定かではないが、天正年間に加賀藩の初代藩主前田利家に五箇山和紙十束を献上したという記録が残っており、この和紙産業が古くからの伝統産業であったことがうかがわれる。江戸時代には、加賀藩の手厚い保護を受けて発展した。
 明治三年の廃藩置県までは加賀藩の指定産物として百数十戸の家が、きわめて良質の和紙を作っていたのであるが、以後、藩の保護政策を絶たれた五箇山製紙業は衰退の道を辿ることなった。しかし、明治後半に大判製紙法を採り入れて生産向上をはかるとともに、製法、用具等の技術的改善に努め、五箇山和紙に対する評価が高まった時期もあった。
 戦後は、激変した生活様式の変化と洋紙の大量生産・生産技術の進歩におされ、和紙の需要は激減してしまった。昨今は芸術、工芸、建築などの素材として和紙の特徴を生かした需要も増加し、和紙に対する認識の高まり、認識にも変化がみられる。そうした事態にのぞみながらも、五箇山の村里では長い伝統の技が保ち続けられ五箇山和紙は、八尾和紙、蛭谷和紙とともに「越中和紙」の名で国の伝統的工芸品に指定されている。
 五箇山和紙の特徴は、原料の楮にある。楮は、繊維が長く強いのが特徴。他の代表的な和紙の原料、ミツマタ、ガンピと比べても倍近くの長さがある。特に五箇山の和紙は楮の量が多いため、紙の強さでは折り紙つき。また、繊維が柔らかいので紙もしなやかで、温かみがある。その伝統と素材の強みを更に生かすため、20数年前に開発されたのが年賀切手デザインとなった「紙塑(しそ)人形」である。和紙を粘土状にしてオリジナルデザインに成形、乾燥後に和紙を貼り着色を施す。貼り子と異なり、中まで和紙が詰まっている。
b0089323_15204737.jpg 世界遺産で一躍有名になった合掌造りの民家の窓は紙の障子戸だけで、昔は雨戸などが無かった。五箇和紙の強さを利用して人々は風雪に耐え、ガラス戸や照明器具がない時代「障子ごし」に大切な照明をとっていた。
 近年でも、五箇山和紙は、桂璃宮の障子紙をはじめ、宮内庁や上野国立博物館などに保管される国の重要文化財の補修用に、なくてはならない存在になっている。
 (参照資料)WEB富山県の和紙、五箇山の里、越中和紙など


*切手メモ:1992.11.16 平成5年用年賀切手「干支のにわとり2種(41円、41+3円)」
   「太鼓乗りにわとり2種(62円)、62+3円」1993.1.18 お年玉小型シート(41円、62円)
     1999.2.16 「日本の民家シリーズ」第5集:「富山県五箇山・岩瀬家80円」
by god-door70 | 2012-03-10 16:00 | 切手に見る紙のお話(paper) | Comments(0)

切手にみる紙のお話し(30) 年賀切手に描かれた郷土玩具と和紙Ⅰ(土佐和紙)</

年賀切手に描かれた郷土玩具と和紙Ⅰ(土佐和紙)
b0089323_10504658.jpg 平成24年年賀80円郵便切手のデザインは【土佐和紙雁皮張り子(とさわしがんぴはりこ)「龍(たつ)】である。日本郵便の広報は、『描かれている「龍」の製作には土佐和紙の中でも最高品質の一つと言われる雁皮紙(がんぴし)が使用されている。原材料には張り子の中には、おめでたいといわれる無患子(むくろじ)の実が入っており、振るとカラカラと素朴な音がします。』と解説している。
 土佐和紙は高知県の各地で生産されている和紙の総称で、古くから越前、美濃と並んで三大産地の一つとして全国的に知られていた。1976年(昭和51年)土佐和紙は伝統的工芸品に指定され、土佐典具帖用紙や土佐清帳紙 は国の無形文化財、手漉き和紙用具製作は文化財保護技術に選定されている。全国的に手すき業は衰退しまったが、土佐和紙は種類の豊富さと品質の良さで今なお人気が高い。
b0089323_1621050.jpg 高知県の紙は、諸記録から約1000年前には製造されていたと推定されている。平安朝時代の歌人で「土佐日記」を綴った紀貫之は土佐の国司として製紙業を奨励したことにより、土佐の主要な特産品の生みの親の一人と言えよう。和紙製法の考案者・改良者、良質な石灰や水、優れた製紙原料に恵まれたことにより高知県は伝統ある地場産業として土佐市・伊野町をはじめ、各地に産地が形成され発展してきた。しかし、現在では手漉き専業者は数少なくなってしまっている。
 雁皮紙(がんぴし)は、雁皮を原料として作られる和紙である。雁皮は日当たりのよい浅山に生えるジンチョウゲ科の落葉低木である。雁皮の成育は遅く栽培が難しいため、雁皮紙には野生のものの樹皮を採集して用いられる。繊維は細く短いので緻密で緊密な紙となり、紙肌は滑らかで、紙はその美しさと風格から紙の王と評される事もある。日本の羊皮紙と呼ばれたこともあるようだ。しかし、厚い雁皮紙は漉きにくく、水分を多量に吸収すると収縮して、紙面に小じわを生じる特性があるために太字用としては不適とされ、かな料紙・写経用紙・手紙などの細字用として使われるのが一般的である。平安時代には、厚さによって厚様(葉)・中様・薄様と言われ、やや厚目の雁皮紙を鳥の子紙と言って、越前産が最上とされた。雁皮は謄写版原紙用紙の原料として大量に使用されていたが、複写機が普及して以来急激にその使用量が減少した。ちなみに、鳥の子紙は雁皮と楮を混ぜたものである。【参考資料:いの町紙の博物館資料、wikipedia、平凡社大百科事典】
b0089323_15352636.jpg

  
by god-door70 | 2012-02-13 14:33 | 切手に見る紙のお話(paper) | Comments(0)

切手にみる紙のお話し(29) 相撲に使われる紙(5/終)

相撲に使われる紙(5/終)
元 結
 「元結」は、力士の髷(まげ)を結うための紙製のひもで、年間数拾万本使われているとのこと。
 和紙を細長く切り、木綿で巻き、海藻と米で作られた糊を塗布し乾燥させて作られる。元結の用途は、力士用以外には歌舞伎、時代劇、日本髪美容院等で使われる。日本相撲協会へ納められている元結は長野県で漉かれた和紙を用い信州飯田周辺の水引メーカーによって生産されている。
 元結で髪を縛ることを「元結をかける」と表現され、床山の腕の見せ所でもある。

付録/  紙 相 撲
 紙を切り抜いた紙製相撲を本場所さながらに毎月開催している「日本紙相撲協会」があり、50年以上の歴史があるという。
 協会規則によると、力士作成法では「材質は市販の画用紙。身長6㎝、右上手がつま先3.5㎝以上、体重は関取(十両・幕内力士)については1.5g前後、幕下力士は1.2g以下。本場所で使用する土俵では、直径12cm、上部板は14cm四方とし、土俵上に敷くサンドペーパーは150番を使用するなどなどきめ細かい。「日本紙相撲協会」のホームページは見ているだけでも楽しい。
 これまで集めてきた古い切り抜き資料のひとつに、2003.1.10日本経済新聞朝刊最終ページ「文化」欄に掲載された協会理事長青木敦司氏執筆の「力士ひらり紙相撲半世紀」がある。ご自宅の2階にある「紙相撲横浜国技館」の写真入り記事で、面白く読み返した。
これだけ熱中できる紙相撲協会所属の力士を抱える親方連中に敬意を表し、うらやましくも思う。
b0089323_13334649.jpgb0089323_13341318.jpg
相撲シリーズ全5集の第5集
   (1979.3.10発行)
(図1,2) 武隈と石見潟取組の図
(図3) 大童山土俵入の図
by god-door70 | 2007-07-15 13:52 | 切手に見る紙のお話(paper) | Comments(0)

切手に見る紙のお話 (28) 相撲に使われる紙(4)横綱土俵入りの綱に紙垂<

相撲に使われる紙(4)
横綱土俵入りの綱に紙垂
 観客の前に力士が勢ぞろいして、顔見世する土俵入りは華麗で楽しませてくれる。
 幕内土俵入りの後に、横綱が露払いと太刀持ちを従えて、神事としての横綱土俵入りが行われる。今年名古屋場所から新横綱が誕生したことにより2横綱となり、それぞれ異なった型(雲竜型、不知火型)の横綱土俵入りを見ることが出来る。
 横綱のしめる綱は、麻と木綿と銅線を使うとのこと。その綱に四たれ紙垂がたらされている。
紙垂には壇紙が使われる。檀紙については、「切手に見る紙のお話(22)-(24)」の【新宮さま「命名の儀」と「大高檀紙」(1)-(3)】の項で詳しく書いたのでお読みいただけたらと思う。b0089323_1751921.jpg
b0089323_17513040.jpg
 相撲シリーズ全5集の第4集
  (1979.1.13発行)
 (図1.2) 大角力両国橋渡の図
 (図3) 勧進大相撲弓取の図
by god-door70 | 2007-07-11 18:22 | 切手に見る紙のお話(paper) | Comments(0)

切手にみる紙のお話し(27) 相撲に使われる紙(3)力 紙

相撲に使われる紙(3)
力 紙
 土俵下の赤房と白房の位置の水桶が置かれている。桶の水は、力士が仕切りに入る前に口をすすぎ、身を清めるためのもので、「力水」「清めの水」などと呼ばれている。
 水桶には呼出が用いる柝(タク:拍子木)と化粧紙(「力紙」と呼ばれている)がつるされている。
 古くは、化粧紙は四本柱の東西につるされて、取組中に元結が切れて髪が乱れた時に、すぐ紙をよって締め直しに用い、「力紙」と呼んだとのこと。
 現在は、力士は前の取組の勝ち力士が差し出す「力水」を口に含み、呼出から受けと取った「力紙」で口を拭っている。
b0089323_10551291.jpgb0089323_10554440.jpg 相撲シリーズ全5集の第3集
(1978.11.11発行)
 (図1,2) 当時英雄取組の図
 (図3) 幼遊び愛敬角力の図
      (歌麿画)
by god-door70 | 2007-07-04 11:42 | 切手に見る紙のお話(paper) | Comments(0)

切手にみる紙のお話し(26) 相撲に使われる紙(2)

相撲に使われる紙(2)
番付表(追加)
 前回の切手にみる紙のお話し(25)番付表に、下記を追加します。
 番付表は、ケント紙(縦110㎝、横80㎝)に行司によって書かれたものが、約4分の1に縮小されて印刷される。印刷された番付表は縦58㎝、横44㎝になる。和紙風の用紙に毎場所約60万部印刷されるそうだ。
 
割り紙
 「割り」は、取組のことで、力士の対戦相手を記した取組一覧表のこともいう。審判委員が集まり、翌日の取組を検討し、決定する。取組が決まると行司が相撲独特の字体(勘亭流・かんていりゅう)で、力士名を書く。この時に使用する紙が「割り紙」である。
 横綱土俵入りの後、行司が翌日の幕の内取組を紹介する。これを「割振れ」といい、翌日の朝、櫓の下に取り組みが張り出される。
 紙の大きさは、縦48cm、横33cm。紙は上質の和紙(「西の内紙」・「横綱印し」)で、墨の滲みを防ぐために膠の溶液に明礬を入れた溶液が塗布されている。
b0089323_22511082.jpgb0089323_22515980.jpg 切手は、相撲絵シリーズ全5集のうちの第2集発行3種
(1978.9.9)。
 (図1,2) 東西土俵入り図
 (図3)  陣幕と雲竜
by god-door70 | 2007-07-01 23:01 | 切手に見る紙のお話(paper) | Comments(0)

切手にみる紙のお話し(25) 相撲に使われる紙(1)

 相撲に使われる紙(1)
 大関白鵬が今年(2007年)夏場所大相撲で完全優勝し、横綱に昇進することになった。モンゴル出身横綱が二人ということになる。日本人横綱の登場を期待しているのだが、当分難しいようだ。6月1日には明治神宮で69代横綱奉納土俵入りが行われた。
 相撲では紙が多く使われている。番付表、力紙、割り紙、御幣など重要な役割をしているので見てみよう。
番 付 表 
 番付表には力士のランキングが東方、西方に分けて一覧に記載され、相撲興行のPRを目的に発行される。番付ランキングは力士本人にとっては勿論のこと、贔屓(ひいき)、親類縁者にとっては最大な関心事となる。
 最古の番付表は、江戸勧進相撲制度が成立した元禄12年(1699年)に京都で開催された勧進相撲興行時に発行されたものという。最古の木版刷り番付は、享保2年(1717年)である。
b0089323_22245659.jpg 古番付紙質を分析した研究者によると、用紙は楮(こうぞ)を原料にした手漉き和紙で、兵庫県杉原谷に発祥した「杉原紙」ではないかと推定されている。
 兵庫県地場産業紹介によると、手漉き和紙「杉原紙」の歴史は古く、7世紀後半と推定されており、杉原紙の前身である「播磨紙」は奈良時代、日本一といわれていたようだ。奈良時代は写経用、鎌倉時代は幕府の公用紙に用いられ、室町時代の中ごろからは一般にも使われるようになり、証書や手紙などの大切な紙として愛用された。江戸時代には浮世絵・版画にも用いられ、兵庫県の中央部多可町で今日でも昔ながらの技術技法で生産されているとのことである。
明治時代に入ってからは伊予紙や細川紙などが用いられ、生産方法も手漉き和紙から機械漉き和紙に変遷してきている。
相撲デザインの切手は、1978-79年(昭和53-54)に相撲絵シリーズ全5集として15種が発行されている。(図2-4)は、シリーズ第1集発行の3種。
b0089323_222924100.jpgb0089323_22295361.jpg (図1)兵庫県杉原谷局・風景印「杉原紙」 (初日印 1983.9.1)
(図2、3)1978.7.1 秀ノ山雷五郎横綱土俵入りの図
(図4)1978.7.1 両国回向院太鼓やぐらの図
by god-door70 | 2007-06-05 22:38 | 切手に見る紙のお話(paper) | Comments(0)

切手に見る紙のお話(24) 新宮さま「命名の儀」と「大高檀紙」(3/終)

新宮さま「命名の儀」と「大高檀紙」(3/終)

b0089323_1683340.jpg 手漉きによる紙の製法は、通常①叩解した楮を水に解かし、「黄蜀葵(とろろあおい)」の根を用いてネリを入れ、②1枚づつ丁寧に紙をすく ③すいた紙を、後ろの紙床に重ねる ④すき上げた紙床を圧搾 ⑤圧搾した紙を、一枚づつ板に貼り乾燥 ⑥製品選別、裁断という順序。殆ど古代製法(図7右)と変わらない。
 檀紙の場合は、圧搾した紙に少量水を含ませ、板の上に2.3枚重ねて張り付け、その紙を一枚づつ剥がす時に檀紙独特の「ちりめんしわ」が付く。
b0089323_1694131.jpg 手漉和紙の生産技術は、現代では伝統工芸的な色彩をおび、生産者も極めて少なくなっている。
 越前和紙(図8左)は4-5世紀に、美濃和紙(図9下)は7世紀にはすでに優れた紙としてすかれていたようだ。
b0089323_16101528.jpg 檀紙は、戦国時代には古文書として多く使われ、秀吉は特にこの紙に愛着をもって用いたと言われ、朱印状などが残っている。また、歴代将軍の朱印状・感状などにも「大高檀紙」が使われ、格式の高い紙と認められていたようだ。
 新宮「悠仁」さまの「命名の儀」に用いられた「大高檀紙」は、今後も宮内庁の慶弔用紙として、命名の儀に限らず、納采の儀・歌会始の儀などに使用続けられることだろう。囲碁、華道、茶道など伝統諸芸等の免状用紙など格式を重んじる諸行事にとっても貴重な紙として存在感を維持していくことだろう。

(図7) 古代の紙製造模様(中国・1962年)
(図8) 岐阜県美濃局・「美濃和紙」(初日印1972.11.10)
       《美濃和紙と紙漉き風景を描く》
(図9) 福井県今立局・「越前和紙」(初日印1981.10.23)
       《越前和紙手漉きの姿と重文・紙祖神の大滝神社を描く》
by god-door70 | 2007-02-02 16:17 | 切手に見る紙のお話(paper) | Comments(3)

切手に見る紙のお話(23) 新宮さま「命名の儀」と「大高檀紙」(2)

新宮さま「命名の儀」と「大高檀紙」(2)

b0089323_16204536.jpg 檀紙は、和紙の一種で、最も長い歴史をもつ紙の名称である。奈良・東大寺大仏殿(図4)の裏手にある正倉院が所蔵する奈良時代の古文書「正倉院文書」に檀紙の名前が出てくる。檀紙は、平安時代には手紙をはじめ、詩歌や和歌などを書く懐紙などに用いられる高級な紙であった。楮(こうぞ)の繊維を原料として漉かれた。《檀(まゆみ)の樹皮で作られた上質の紙ということで「檀紙」の名が使われたとの説もあるようだ》。
 平安時代には陸奥で多く産出されたが、中世には生産地が広がり各地で漉かれるようになっていった。b0089323_1624057.jpgb0089323_16263361.jpg福島県安達町上川崎地区は、千年以上の歴史を誇る手漉き和紙(上川崎和紙) (図5)の産地である。その起源は、平安中期に冷泉天皇の時代に始められたと伝えられ、紫式部(図6)や清少納言たち女性は、「みちのく紙」と称していたという。
 古くは檀紙には皴がなかったが、元禄時代ころから、皴をいれたものが現れ、檀紙には皴が入るというのが普通となった。紙の大きさによって「大高」、「中高」「小高」の別がある。 (つづく)

(図4) 第2次世界遺産シリーズ 第6集(古都京都の文化財)東大寺大仏殿(2002年)
(図5) 福島県上川崎局・「上川崎和紙」(初日印1989.2.1)
   《安達太良山を背景に和紙漉きを描く》
(図6) 第2次国宝シリーズ 第4集、紫式部日記絵巻(1977年)
by god-door70 | 2007-01-28 16:22 | 切手に見る紙のお話(paper) | Comments(0)