切手に見る紙のお話(36)「紙アラカルト(2) サンフランシスコ平和条約調印と和紙」

紙アラカルト(2) サンフランシスコ平和条約調印と和紙
b0089323_1050897.jpg 昭和26(1951)年9月8日、アメリカのサンフランシスコ市にあるオペラハウスにおいて日本と48か国の間でサンフランシスコ平和条約が署名された。これにより日本は主権を回復し、国際社会へ復帰することなった。

b0089323_1227345.jpg 久米安康生著「和紙の文化史」に紙の強い生命力に纏わる面白いエピソードが紹介されている。『1919年のヴェルサイユ条約正文用紙は日本の局紙(*)が用いられている。ロンドンタイムスの日本支局長だったフランクホーレーは、和紙の研究家として知られているが、サンフランシスコ講和条約文書の用紙として和紙を使いたいと相談され、「講b0089323_12261848.jpg和条約の寿命は和紙の寿命よりも短い。そのような立派な紙は使う必要はないでしょう」と答えたという。結局は和紙は使われたが、ホーレーはさすがに、条約の生命よりもはるかに長い和紙の生命力の強さを理解していたといえる』そして『人間国宝の安部栄四郎氏(重要無形文化財雁皮紙の技術保持者)は、正倉院の紙を調べて「絹や麻はなかば風化している。だが、古文書に用いられて和紙だけは、天平時代そのままの光沢を放っていた」と和紙のつよい生命力を感嘆している。布切れb0089323_21203068.jpgのあわれな姿にくらべてあわれな姿にくらべ、紙は強い耐久性をもっていることがわかる』と。
 アトランタに出張で出向いた帰途サンフランシスコに立ち寄ったことがある。その折に、宿泊ホテルで同市交響楽団の演奏会(ドボルザーク・チェロ協奏曲/ロストコヴィッチ演奏)のポスターを見て急遽出掛けた。図らずも会場が平和条約が調印されたオペラハウスであった。ここか、と感動した記憶がある。
 平和条約調印記念にあたって調印日の翌日1951年9月9日に3種の切手が、50周年にあたる2001年9月7日にはオペラハウスがデザインされた「サンフランシスコ平和条約50周年記念切手」1種が発行された。

b0089323_2347567.jpg ちなみに大正8(1919)年6月28日に調印されたヴェルサイユ条約を記念して、日本では7月1日に「世界大戦平和記念」が発行されている。発行日が3日遅れたエピソードとして、郵便学者内藤陽介は『当時、連合諸国では“世紀のイベント”としてのベルサイユ条約調印に合わせて記念切手の発行を計画していましたが、報道されている会議の進行状況から、条約の調印は8月以降になりそうだというのが大方の予想でした。ところが、急遽、6月28日の条約調印となったため、各国ともに対応に追われ、7月以降、バタバタと記念切手が発行されることになりました。』とブログに記している。

 *局紙:『1875年(明治8)に大蔵省に設けられた印刷局抄紙部で、特別に紙幣や証券用に抄造された上質紙。古来の和紙のなかから、ガンピ(雁皮)を主原料とする鳥の子紙に着目し、越前(えちぜん)(福井県)から専門家を招いて、ミツマタ(三椏)を代用し同様の上質紙の製造に成功した。これを一般に局紙とよぶ。77年に海外へ初輸出され、日本羊皮紙あるいは植物性羊皮紙とよばれて世界的に有名になった。』(日本大百科全書小学館)

 出典資料:久米安康生著「和紙の文化史」(木耳社)、郵便学者内藤陽介のブログ
 切手data(上から)
1951.9.9 「平和条約調印記念」3種(国旗、キク2種)
2001.9.7 「サンフランシスコ平和条約50周年記念」1種(オペラハウスと秋草)
1919.7.1 「世界大戦平和記念」4種(ハト2種、ハトとオリーブの枝2種)
by god-door70 | 2013-02-10 21:39 | 切手に見る紙のお話(paper) | Comments(0)
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