「杉並区立郷土博物館」

b0089323_2351125.jpg 2006.8.18 西洋美術史講座の帰途「杉並区立郷土博物館」に立ち寄った。b0089323_2323039.jpg 
 館の正門として、「名主旧井口家住宅長屋門」(区指定文化財)が移築されているのが面白い。展示館の裏手に出て、薪を背負って書を読む二宮金次郎像(尊徳の少年時代)を左手にみて進むと、区指定文化財の古民家「旧篠崎家住宅主屋」がある。建物の裏手に「杉並・荻窪」の名称ともなった「おぎ」の葉が茂っていた。建築年代は、長屋門が江戸時代文化・文政年間(1804-1829)頃、住宅主屋は、寛政年間(1789-1800)頃とのこと。
 博物館館は、嵯峨公勝侯爵邸宅跡地に建てられている。公爵の孫娘が、愛新覚羅溥傑(ラストエンペラー・満州国皇帝溥儀の弟)にこの地から嫁いだとの解説があった。しかし、ゆかりの物は「庭石」と「白雲木」のみであった。b0089323_2365311.jpg
 「金次郎像」をみて、尋常小学唱歌の「芝刈り縄ない草鞋をつくり、親の手を助け、弟を世話し、兄弟仲良く孝行つくす、手本は二宮金次郎」を歌ったことが想いだされる。通っていた小学校の校庭にあった銅像は、天皇陛下の写真をかざった建物の横にあったので、毎朝礼で天皇陛下の肖像を校長の号令で拝んだ(拝まされた?)ことを連想してしまった。戦時中に金属供出で多くの銅像が石造になったと聞いたことがあるが、郷土館の金次郎像も石造であった。親、兄弟を簡単に殺してしまう事件が毎日のように報道される昨今を憂い、教育基本法改正議論も大切だが、金次郎の唱歌も捨てたものでもないと一人つぶやく。b0089323_2322553.jpg
 特別展では「杉並のお風呂屋さん」が開催されていた。都内には大型銭湯が出現し、露天ぶろ・温泉ブームだが、杉並区内の銭湯は、現在40軒で最盛期の昭和40年代の3分の1となっているそうだ。銭湯に通ったのは戦後数年間(昭和20~23年頃)だから45年位前ということになる。壁に「富士山」が描かれていたなぁ。今の風呂屋さんも、定番絵だった「富士山」が描かれているのだろうか。
by god-door70 | 2006-08-18 22:42 | 文化財・庭園(temple,park) | Comments(0)
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