文化財ボランティアグループ・フィールドワーク

b0089323_20434118.jpg 2006.10.18 文化財ボランティア活動グループによるフィールドワークに参加。杉並・梅里地区の寺町を1.5時間ほどで見学。
 西方寺(下中央)からスタート、清徳寺⇒智光寺⇒慶安寺⇒心月院⇒大法寺⇒円福寺墓地⇒華徳院まで。この寺町は、区画整理などで大正年代に移転してきたことによってできたとのこと。
 杉並区文化財として指定されている石造観音六面幢(西方寺)(下左)や、登録されている蘭学者・前野良澤の墓(慶安寺)(下右)、画家・椿 椿山の墓(円福寺別院)などもあり見応えがあった。上写真は椿山墓前で撮った参加者の皆さん。
 グループの方々から関連書籍の紹介やお話が聞けることが嬉しい。お陰で前野良澤の一生を主題とした吉村 昭著「冬の鷹」を読む機会を得た。
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by god-door70 | 2006-10-19 20:36 | 文化財・庭園(temple,park) | Comments(3)
Commented at 2012-12-15 17:37 x
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Commented by god-door70 at 2012-12-19 21:10
奥田子爵家との関係は判然としませんが、地下鉄丸ノ内線新高円寺駅の南西、徒歩3分。五日市街道に面しています。本尊は閻魔大王像。天台座主第3世慈覚大師によって下野佐野で理性院として開創されたのが始まりと伝えられています。その後武蔵国霞ヶ関(千代田区霞ヶ関)に移転した後、浅草蔵前に移転、延享年間(1744~1748年)に寺号を現在名の華徳院に改称しました。
  江戸時代には「蔵前の閻魔堂」として江戸三閻魔のひとつに数えられ、参詣人でにぎわった。大正12年(1923年)の関東大震災で伽藍や仏像を焼失、その後は日光輪王寺から勧請した閻魔像を祭っている。
  昭和3年(1928年)現在地に移転し、新たに牛込千手院行元寺の閻魔王像を本尊に迎えた。寺門を入ると両側に墓地があり、その奥に本堂があります。
Commented at 2012-12-21 02:11 x
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